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論証から考える基本7法 第一回(刑法)

1.論証から考える基本7法とは

論証から考える基本7法では、法律初学者や法学部生を対象に、基本7法について、論証から勉強する方法を体感してもらおうと思います。
 
 
なぜ、論証から勉強するのか。
 
 
それは、答案で実際に書く形(論証)で勉強するのが、初学者にとって最も効果的な学習だと思うからです。
 
 
初学者が最初に目指すべき目標は、何となくでもいいので答案を書けるようになる事です。何となく論証を書けるようになるには、答案の核となる規範定立部分、すなわち論証が書けるようになる必要があります。そして、論証を理解して学習すれば、問題提起と当てはめも出来るようになります。この段階となれば、何となく答案を書けるようになってきます。
 
答案を何となく書けるようになれば、答練を通して、基本論点の理解を深めていきます。このように答練を繰り返し行えば、最終的な目標である期末試験で上位の成績を撮ったり、資格試験に合格することが出来るようになります。
 
 
論証から勉強すると言っても、ただ覚えるだけでは意味がありません。なぜこのような論証になるのかを理解する必要があります。
 
 
この『論証から考える』シリーズでは、なぜこのような論証になるのか、どう言った事例で問題になるのかを明らかにして、自信を持って論証が出来るようになってもらうこと目標にしたいと思います。
 

2.論証から考える基本7法 第一回(刑法)

 

(1)始めに

第一回は刑法からです。刑法は覚える論証が非常に多いため、ただただ暗記するだけでは限界があります。しっかり理解することが大事となってくると思います。第一回は、このシリーズがどのようなものなのかを知ってもらえればなと思っています。
 
そして、初回は初学者が躓きやすい、不法犯の論証から始めたいと思います。
 

(2)論証

未遂犯の処罰根拠は、法益侵害の具体的危険性にある。そして、この危険性を客観的・科学的に判断すると、不能犯が広がりすぎることから、危険性判断の際の事実の抽象化は避けられない

 そこで、事実がいかなるものであったら、結果の発生があり得たかを科学的に解明し、一般人を基準にこの仮定的な事実が存在する可能性はどの程度あるかを事後的に判断し、法益侵害の具体的危険性を惹起したと言えるのか判断する。
 

(3)論証の解説

 
不能犯の問題は、当該行為が未遂犯として処罰に値しないかを検討するために行います。そのため、未遂犯の処罰根拠から不能犯の有無をどのように判定すべきかを論じることになります。
 
冒頭の論証構造は、実行の着手時期の論証と同じになります。なぜなら、不能犯も大きな分類をすれば、実行の着手の問題であるからです。この辺りから少し分からない方々がいるかもしれません。なので、まず、不能犯と実行の着手時期の関係を説明したい思います。
 
不能犯と実行の着手時期の論点の関係はこのように説明することができます。すなわち、不能犯は行為の質的危険性が結果を惹起するに足りる者であるかの問題であり、実行の着手時期の問題は、行為の量的危険性がいつの段階で具体的危険性のレベルに達するかの問題であり、両者は着眼する視点が異なるが、目的を共通(実行の着手の有無の検討)としている関係にあると説明することができます。
 
 
このような関係から、当該行為に〇〇罪の実行の着手が認められるためには、量的に見て当該行為に、未遂犯として処罰するに足りる危険性が認められ(実行の着手時期の問題)、かつ、質的に見て当該行為に、未遂犯として処罰するに足りる危険性が認められること(不能犯の問題)が必要となります。
 
 
もっとも、基本的に両問題が、同一の事案で問題になることは稀だと思います。考えられるとして、窃取したキャッシュカードから預金を引き下ろそうと、ATMに挿入して、暗証番号を入力したところ、被害者が即時に利用停止を申し出ていたことから、引きおろせなかったという事案くらいです。この事案の場合には、利用停止中だったことから、質的に見て占有侵害の現実的危険性があったのか(不能犯の問題)、その危険性があったとしても、暗証番号を照合した時点で窃盗の実行行為に着手したと言えるのか(実行の着手時期の問題)が問題となります。
 
 
この事案くらいを頭に入れておけばさしあたり問題ありません。
 
 
さて、論証の解説に戻ります。
 
この論証は、修正的客観説をもとに作られています。予備校本でよくみる論証とは違いますよね。予備校本では、具体的危険説をもとに論証が作成されていることが多いかと思います。
 
しかし、具体的危険説を採用してしまうと、方法の不能も場合に適切に処理することが難しくなります。当てはめをどのようにすべきなのか悩むと思います。このように、基準として不明確であることが具体的危険説への批判が認められ、受験生的にも使いづらい見解と言えます。
 
 
例えば、毒針注射で患者を殺そうと注射したが、直前で針をすり替えられていたことから毒殺に失敗したという事案において、具体的危険説を前提とすると、行為者がすり替えを認識していませんから、この限りですり替えの事実を判断の基礎に入れられないことは明らかです。しかし、一般人がすり替えの事実を認識し得たかどうかという判断は難しくないですか。行為者が認識できなかったんだから、一般人も認識できなかったんじゃないかとなりそうです。そうすると、すり替えの事実を判断の基礎に取り込めず、質的危険ありという結論になるでしょう。結論はこれでもいいと思いますが、当てはめがしっくりこないでしょう。
 
 
一方で、修正された客観的危険説だとこの点の当てはめは容易です。すり替えが行われなったであろう可能性はどれほどあったのかを指摘し、その可能性が高かったのであれば、質的危険性ありとし、低ければ質的危険性なしとすればいいだけです。この見解では、すり替えがどれほど秘密裏に行われたのかとか、当該事案の事情をうまく使えると思います。その点で、こちらの見解が優れていると思います。
 
加えて、修正された客観的危険説を採用すれば、判例と同内容の結論をとることができます。(判例においては、方法の不能事例においては、結果発生の可能性を化学的な根拠を問題としつつ、かなり客観的に判断されている場合が多いが、一部の判決及び客体の不能の事例では、一般人の危険感を基準に、具体的危険説に近い方法で判断を下しています)
 
 
(山口先生の青本がこの辺の説明を上手にされています。)
 
 
 
また、山口先生もこちらの見解を採用しているみたいなので、受験生としても安心して論証できるのでないでしょうか。
 
 
 
そして、論証ではまず、純粋な客観的危険説を批判しています(論証1段落目)
 
 
その上で事実の抽象化を認めた上で(この辺りは具体的危険説に似ています)、具体的危険説よりも明確な基準を定立しています(論証2段落目)
 
 
仮定的事実については科学的に、仮定的事実の存在可能性については、一般人を基準に、事後的に社会通念に照らして判断します。
 
 
 
とはいえ、この説をとると、他説をとった場合と比較してやや分量が増えるかと思います。なので、時間がない場合には、明白な方法の不能の事案(硫黄事例とか)ならば、客観的危険説、客体の不能の事案ならば、具体的危険説を論証するといいかもしれません。
 
 
 
最後に、当てはめのポイントを述べておきます。このように不能犯をめぐって主に、3つの見解が対立しています。具体的危険説、客観的危険説及び修正された客観的危険説です。そして、この説の対立によって、①どのような事実を基礎として、②どのような基準で危険性が判断されるのかが変わってきます。したがって、当てはめをする際には、いかなる事実を判断の基礎に取り込み、どのような基準で判断しているのかを明確にするのが良いでしょう。
 
 
 
 
いかがでしたか。初回にしては、少し難しい内容になってしまったかもしれません。お付き合いありがとうございました。